2014年09月13日

真田三代風雲録 : 中村彰彦

『真田三代風雲録』 中村彰彦

 槇えびしさんの『朱黒の仁』を表紙買いしてしまったものの、私、真田幸村については「『大坂の陣』で凄かった人」という程度のホントうっすらとした情報と感想しか持っていない。まして、幸村以前のことなんて何も知らない。

 『朱黒の仁』を楽しむためにも真田氏に関するものを何か読んでおこうと思ってまず手に取ったのは『真田氏三代−真田は日本一の兵』という評伝だったのだけど、これはちょっと硬派すぎてちっともページがはかどらない。で、「やっぱり小説にしよう」と読み始めたのがこの『真田三代風雲録』

 武田信玄に仕えて頭角をあらわした幸隆。数多の戦国大名たちを制圧した秀吉と家康の力が拮抗する中、真田家を存続させ戦い抜いた昌幸。『大坂の陣』で凄まじい闘いぶりを見せ、その名を不朽のものとした幸村。

 それぞれに鋭い戦略眼と豪胆さをもった傑物として描かれて、アツい気持ちで読み進めることができるのだけど、あまりフィクショナルに物語をふくらませた感じはなく、戦国時代の勢力図の中での真田氏の立場、三代にわたる戦いぶりをざっくりと眺めるにはちょうど良い小説だったかも。

 それにしても、『戦国BASARA』で幸村が武田信玄にくっついているのはなんでだろう? っていう、まぁどうでもいいっちゃどうでもよかった疑問も解けてすっきりした。なるほど、真田氏って武田家の家臣となって後世に名を知らしめた一族だったのね。ホント、そんなことも知らないレベルだったのです。

 へへへ、あとは『朱黒の仁』の完結を楽しみに待ちますか。

ちなみに、私が表紙買いしたのは↓こちらの角川版だったのですが



掲載誌が変わって現在は「Nemuki+コミックス」から弐巻まで出ています。




『真田三代風雲録』でもそうでしたが、後藤又兵衛がかっこ良いです。



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2014年09月09日

10巻以上続く時はあらかじめそうと知らせてほしい(無理だろうけど)

 本の収納スペースに余裕がなくなってきたので、かなりたまってきていたマンガ他を思い切ってブックオフに売ってきた。買い取り価格30%アップキャンペーン中とかで、思っていたよりちょっと多めの金額が手に入った。押入れの収納スペースにも空きができたことだし、これで『きのう何食べた?』の9巻が買える。

 でも・・・9巻かぁ。楽しみにしているマンガではあるけど、正直言って好きなマンガでも10巻以上つづくとちょっとしんどくなってくるのだ。読み続ける気力的にも、収納スペース的にも。人気がでると連載が長くなるのは仕方がないのだろうけど、もっとコンパクトに完結するマンガ(もちろん面白くなきゃだめだが)があってくれても良いと思うのだけど・・・。

 読み始めてから途中で脱落するのはやはりくやしいので、10巻以上続く予定のマンガはあらかじめそれと知らせておいてもらえんもんだろうか? そうしてくれたら、読み始める前によくよく考えるから・・・そのマンガと何年も、何十年も付き合い続ける覚悟があるか。


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2014年09月04日

よしかわじゃなくてきっかわ

 深夜、「孤独のグルメ」を見て独りよだれをたらす。

 私が、松重豊という俳優を初めて認知したのは、NHK大河ドラマ『毛利元就』に吉川元春役で出演されていた時だったので、今でも松重豊といえば「吉川元春!」と脊髄反射的に思ってしまう。

 何なら今年の『軍師官兵衛』の吉川元春役も松重豊が良かったと思ってしまう。
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2014年08月29日

じつは、わたくしこういうものです : クラフト・エヴィング商會

『じつは、わたくしこういうものです』  クラヴト・エヴィング商會

 「月光の密売」「極小音楽の作曲」「大切な時間の保管」「「ひらめきランプの交換」「大変ことになってしまったワインのコルク栓のレスキュー」・・・等々、不思議な仕事を生業とする人たち。それぞれの仕事道具を手にした姿や独特なアイテムの写真とともに、仕事との出会い、こだわり、仕事上のちょっとしたコツなど、仕事師たちへのインタビューを収めた架空のお仕事図鑑。

 多分この世のものではない仕事が存在する世界にうっとりと酔いたいと思うけれども、「不思議な仕事たち」の幻想性と、その仕事師としてポートレートにおさまっている人たちの「現実にちゃんとしている社会人」的存在感が何だかそぐわない気がして、上手くハマれない。むしろ、巻末に収録された「じつは、わたくしほんとうはこういうものです」〜この本でモデルをつとめた人たちの本当のプロフィールをそれぞれの方の顔写真と見比べながら読む方が味わい深かったり・・・。

 そんな中で、冷たい水をたたえた塔の守り人「冷水塔守」は、その仕事を「任務」と呼ぶ女性仕事師の佇まいと、水の塔を守るという仕事の異次元っぽさが妙にマッチしてその不思議な感じが心地よかったのだが、「冷水塔守」星加見子に扮しているのは小説家の小川洋子さんだった(「じつは、わたくしほんとうはこういうものです」を読んで気づいた)。

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 一読したときにはちょっとギクシャクして充分にこの世界を楽しめなかったんだけど、一度巻末のタネ明かしまで読んで再度読み返すと、もう少し柔らかに「ああ、いいな」と感じられるところが増えた。「白シャツ工房」の仕立て屋さんにはいつかお会いできるといいなと思う。



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2014年08月27日

半沢か

 「○○さんが到着されたら、皆さん起立して『いらっしゃいませ』とご挨拶をしてください。」

 私の職場はある銀行関連の会社の事務センターなのだが、東京の本社から何だか上の方の方が来られるという。当日の朝礼で上司から告げられた言葉がこれ↑。ばたばたしている現場の仕事の手を止めて総員起立で「いらっしゃいませ」ねぇ。財前教授の総回診か、半沢直樹の世界か・・・。

 昔の王侯貴族でもあるまいに、部下を立たせて挨拶を受けるのが気持ちいいなんて、ちょっとした変態さんだと思う。
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2014年08月23日

で、『雨月物語』の中で何がいちばん面白かったかというと・・・

 「菊花の約」「蛇性の婬」「青頭巾」「白峯」「浅茅が宿」は色々なところで引用されていたり、小説やマンガに翻案されたものを読んだことがあったけど、実はこの度『雨月物語』を読んでみるまでその存在を知らなかった「貧福論」っていうのがとても奇妙で面白かった。

 武芸や風流よりもお金が第一主義を掲げ、周囲の人たちから変わり者扱いされている武士・岡左内と、左内の奇特を愛でて彼の枕頭に現れた黄金の精霊との問答。「精霊」を仏教の因果とも儒教的な倫理観とも全く別の理を持つ存在と見た秋成の感性って、何か目覚ましいなぁ〜、と。



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2014年08月22日

雨月物語 : 上田秋成

『改訂版 雨月物語―現代語訳付き』 上田秋成

 西行の前に現れた崇徳院の亡霊「白峯」、命を賭して守った義兄弟との約束「菊花の約」、磯良の祟りがそりゃもう恐ろしい「吉備津の釜」、柔弱な美青年が蛇女に見込まれて・・・「蛇性の婬」、其の肉の腐り爛るるを吝みて、肉を吸ひ骨を嘗めて、はた喫ひつくしぬ・・・「青頭巾」

 夏には怖い話を読む。今年は『雨月物語』。これまで部分的に見たり聞いたりはしていたけれども、きちんと読んだことはなかったのです。

 この蒸し暑くうっとうしい天気に、もちろん主にゾクリ” ヒヤリ”を期待しての読書だったのだけど、秋成がもの語るお話は、どれも短いながらに、単に怖さだけでなく、目の前に絵巻物が広げられていくような興奮と、「ものがたり」に心奪われる快感を存分に味わせてくれるものだった。

 九つの話にたっぷり翻弄された後で「序」を読むと、そこに溢れる秋成の「ものがたる」ことへのこだわりが凄い。「紫式部は『源氏物語』を書いたために地獄に落ちた」なんて話は初めて聞いたが、そう言われると、「架空の物語で人々の心を惑わす」〜ものがたることの魔力がひしひしと感じられるし、その魔力を操るプロとしての秋成の自負に圧倒されるような気がするのだ。






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2014年08月19日

百鬼園百物語  百けん怪異小品集 : 内田百けん 東雅夫編

『百鬼園百物語  百けん怪異小品集』 内田百けん 東雅夫編

 濠の水の中から街の往来へと巨大な鰻がずるりと這い出してくる・・・この奇妙な光景が頭をよぎる度に、「これは夢か何かで見たんだったかなぁ」とぼやぼや思ったりしていたが・・・そうか、内田百けんの「東京日記」で読んだ場面だったんだ。

 そもそも私は水中の生きものに何か生理的な恐怖でも抱いているものか、のどかな田舎を流れる川を眺めていたら川底に5メートルはあろうかという正体不明の魚の影がいくつもゆらめいているのが見えてゾッとしただとか、近所の川を泳いでいる魚たちが寄り集まって群れになったかと思うと巨大な山椒魚のような姿になって這い出してきたとかいう夢をよく見る。うちの近所の川を泳いでいる50センチくらいのわりと大きな鯉だかなんだかよくわからない魚を見ても何か気味悪いな〜と思う。

 いつ読んだものかすっかり忘れていたけど、百けん先生がさらりと書いてみせた夕暮れの東京のシュールな光景は、恐ろしい水中生物の夢をよく見る私に、もう一つの悪夢の光景としてやきついちゃっていたのだ。でも、怪物めいた水中の生きものを夢に(現実でも)見て背筋を走る“ゾォ〜”という感覚は恐怖であると同時になんとも言えない快感であるような気もしている。


 日常の風景の先にとんでもないシュールをあまりに平然と描いてしまう百けん先生の剛腕はやっぱり凄まじい。シュールの流入で現実が危うくなったその上に、その剛腕ぶりと表裏一体であるかのような百けん先生のこれまた並はずれた怯えが伝染してきて、何とも落ち着かない心持ちにさせられる。

 一つ一つの作品がつながり、重なりながらより妖しく怪異が醸成されていく・・・百物語の形式にこだわって編まれた小品集。






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2014年08月14日

海賊としては不本意ですか?

 居間のカーテンを開けるとローチェストの上に並べてるワンピースのフィギュアに陽があたってしまうので、「あ〜 エースが日焼けする〜」とすかさずカーテンを閉める。なので我が家の居間はいつもうっすら暗い。当のエースにしてみたら、海賊なのに日焼けを気にされるのは不本意かもしれんけど。
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2014年08月09日

何か急にたまらなくなって

 なぜか急にたまらない気持ちになって、You Tubeでトラジ・ハイジの『ファンタスティポ』を聴いた。くりかえし数回。

 なんでこの曲、あんなに切ないんだろう? たまらん。
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2014年08月08日

リテラリーゴシック・インジャパン 文学的ゴシック作品選 : 高原英理編 

『リテラリーゴシック・イン・ジャパン  文学的ゴシック作品選』 高原英理編

 「リテラリーゴシック」〜「文学」の形をとって具現化された「ゴシックなるもの」。中世風の怪奇趣味に彩られた「ゴシックロマンス」の枠組みにとらわれず、「暗黒」「不穏」「残酷」「耽美」「可憐」を重要な要素とし、『人間の持つ暗黒面への興味』『恐怖や残酷さへの思惟』から生まれた短篇作品を集めたアンソロジー。

 日本文学における「ゴシック」の黎明期の作品として泉鏡花、他。猟奇と怪奇を語る戦前ミステリの中から乱歩、横溝、小栗虫太郎。『血と薔薇』の一群から澁澤、三島、塚本邦夫、中井英夫、他。60〜90年代の幻想文学から須永朝彦、葛原妙子、赤江瀑、山尾悠子、古井由吉、皆川博子、久世光彦、他。そして、乙一、伊藤計劃、桜庭一樹、京極夏彦、小川洋子、大槻ケンヂ、編者である高原英理らによる「ゴシック」の現在。

 錚々たる名前が連なる中で、石の都の廃墟と化した世界で愛の内に閉じて歩き続ける二人の男女と二人を囲んで行軍する死の群れを語る、絵画的あるいはある種の舞踏的な山尾悠子の『傳説』〜美しくも恐ろしげなヴィジョンをともなって想念が自在にうねる古井由吉『眉雨』と続くあたりが圧巻だった。

 実は古井由吉の『眉雨』は収録作品中いちばん訳のわからない作品だったのだが、いちばん酷く私を引っ掻いていったのもこの『眉雨』だった。
『いよいよ間近に迫った事態を、実現するよりも先に、現実よりも生々しく聞き取り、聞き奪って、阻止する。身の内の恐怖を、血のにおいよりも濃く煮つめて凝固させ、その中に敵の来襲を封じる。』

『厄災の到達をぎりぎりまで、見ることの恐怖、見る側の恐怖の力によって押し留め、その猶予の間に、寄せる敵勢の源にあるはずの、攻めの恐怖を鼓舞する熱狂に、なろうことなら、ひとすじの太い視線の針を立てる。』

 恐れること〜恐怖する力を極限まで高めることで、恐るべきもの、厄災の到来を阻止するという着想に震えた。


 漫画家・西炯子のエッセイ『生きても生きても』に、大方の人が忘れ、適当なところで見切って大人になっていく、思春期の答えのない無為な問いを問い続けた者だけが表現者になる・・・というようなことが書かれていたが、世界と自分自身の奥底にある暗がりを見つめ続けるものだけが「ゴシックなるもの」を作品として取り出すことができる。

 暗がりを見つめ続ける熱狂と、暗がりにあるものを見極め、暴く明晰さ。その明晰さが残酷・・・であるような気がする。






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2014年08月06日

今朝の広島は雨

 8月6日の広島の朝というと強烈な日差しと蝉しぐれの印象しかないから、今朝の雨はかなりめずらしいことだったんじゃないかな。

 今日は仕事はお休みにしてTVで平和祈念式典を見ようと思っていたんだけど、人手が足りないとかでそういうわけにもいかず、朝のニュースで式典前の平和公園の様子をちらっとみてから出勤。



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2014年07月30日

月 岬 別荘 砂浜 「Kの昇天」

 高原英理編『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』を読んでいます。ゴシックな魂から生まれた掌編〜これまで読んだ8篇のうち1つは詩、もう1つはエッセイ、残り6篇のうちの4篇までが岬または海辺の別荘や邸での物語。ゴシックな物語の舞台は岬の別荘と相場が決まっているんだろうか?

 ところで、以前こちらのエントリーで書いた通り、梶井基次郎の「Kの昇天」について私は「Kが月へ登っていった後の浜辺には、Kの義眼が残っていた」という妙な記憶違いをしていたのだけど、その訳が判明した。

 海辺の別荘に病身を養う青年、月、砂浜・・・そんな共通するイメージのせいで、「Kの昇天」と横溝正史の「かいやぐら物語」が私の記憶の中で綯交ぜになっていたのだ。「かいやぐら物語」の最後に描かれる月光を透かしたガラスの義眼が、私の記憶の中でKの義眼になっていたのだ。




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2014年07月27日

神様が殺してくれる : 森博嗣

『神様が殺してくれる』 森博嗣

 自らが巻き込まれることになった、美しすぎる友人リオン・シャレットに纏わる連続殺人事件について語る「僕」。その語りに悲しみと欠落を漂わせる「僕」という存在そのものに何か秘密があるのだろうということは最初から予感された。

 リオン・シャレットに関わる5人の男女が次々と殺された理由。殺人の現場にいたリオンが「神が殺した」と言い、その神の名として「僕」の名前を告げた理由。残酷な事実のすべてを語る「僕」と、事実として語られた言葉を「そのまま信じることはできない」と言う「僕」と、結局は言葉にできなかったことと・・・。

 千々に分裂する「僕」の姿も、殺人を犯した「僕」の半身の思いも、「僕」を神と言ったリオンの思いも、そのありのままを掴むことは難しくて、ただそのことを思い、考え続けることしかできない。

 事件によって深く傷つきながらも、自分のために、リオンのために、自分の半身のために、何が起きたかを明らかにするべくこの一連の事件を語る「僕」の言葉は自制と思いやりに満ちて切ない。

深い傷を抱えて「僕」はこれからも生きていく。唐突だけども、「ありのままに生きる」ということはやはり高らかに誇らしげに歌い上げるものじゃなく、あきらめ(諦める+明らめる)を含んで口にするものなんじゃないかなと思った。


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2014年07月23日

幻想怪奇譚の世界 : 紀田順一郎

『幻想怪奇譚の世界』 紀田順一郎

 「これから本格的に暑くなってくるし、何か怖いもの読もう」と思い立ったのだけど、「怖いもの」といっても一体どのあたりに手を付けようか? という思いもあって(数年前の夏にはイギリスのゴシック短編集を読んでみたものの、ちっとも怖さを理解できず大失敗!ということもあったので)、まずはガイド的なものを。

 文庫や全集の解説として書かれたものが多く、第一章は日本の作家、作品について 〜 小泉八雲、泉鏡花、夢野久作らの作品世界や、乱歩、海野十三、小栗虫太郎ら推理小説やSFと幻想怪奇的なものがないまぜになっていた時代の作家たちについての解説、「百物語」という怪異を生む、体験する「場」についての考察など。

 第二章はルイス・キャロル、H.G.ウェルズ、ガストン・ルルー、アルジャノン・ブラックウッド、アーサー・マッケン、サマセット・モーム、H.P.ラヴクラフトら海外の作家が生んだ幻想怪奇の作品空間についての分析 〜 その背景、成り立ち、特質。

 第三章に翻訳もの短篇を三作品収録。フリードリヒ・フーケ「ウンディーネ」、アルジャノン・ブラックウッド「とびら」、ウォルター・デ・ラ・メア「なぞ」。お伽噺のようだったり、SF的だったり、純然たる怪異だったりと味わいは異なるのだけど、やたらとデコデコ飾り立てず、さらりと描き出された怪異と不思議の感触は、岡本綺堂の怪談の肌触りにも似ているなぁと思った(まぁ、翻訳ものだから原文の味わいはまた別かもしれませんが)。

 んで、この夏、「怖いもの」は何を読もうか・・・ですが、本書にはまったく関係なく、上田秋成『雨月物語』にしようかと。(この夏には無理かもだけど、本書で興味を持った海野十三「深夜の市長」もいずれは・・・) 






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2014年07月20日

オクラって

夏野菜をたくさんいただく季節になりました。

オクラを茹でながら思ったんだけど・・・オクラってプラナリアに似てる。
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2014年07月16日

源氏物語読了

 円地文子訳『源氏物語』、読み終えました。

 お堅く内省的でこの上なく高貴な薫大将と無邪気で可愛らしくふわふわと蝶のように華麗な匂宮。対照的な二人のイケメンが物語の末尾を彩りますが、繰り広げられるのはあまり華やかでもない女性をめぐっての下世話なゴシップのようでもあり、光源氏の放っていた強烈な輝きが消えた後の薄暮の中でギシギシと進行していくドラマは、どこか虚無的な空気を漂わす。

 今年の初めから約半年かけて読んできただけに、中空にぽんと放り出されたような終わり方に呆然としました。



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2014年07月11日

朱黒の仁

 Nemuki+コミックスより新装なった槇えびしさんの『朱黒の仁』壱・弐巻が届きました。壱巻はカドカワ版を持っているのですが、新しい連載先で無事完結してほしいという想いも込めて、迷わず新装版も買いました。内容は同じものですがカバー下のオマケ漫画『大助の「父上、万歳」』が新しくなってます。

 早く読みたいのはやまやまなのですが、まずは真田父子、兄弟についてちょっと予備知識を入れとかなきゃと思ってて・・・。真田三代についての本をなにか読もうと思うのだけど、まだ『源氏物語』にかかりっきりで他になかなか手が回らない。

 ところで、幸村と同じく豊臣方についている後藤又兵衛が素敵なのですが、大河ドラマ『軍師官兵衛』での又兵衛役、塚本高史も“いい!”と思いました。あの、気が強くて主に平気で逆らいそうな感じが・・・。






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2014年07月09日

歌舞伎のぐるりノート : 中野翠

『歌舞伎のぐるりノート』 中野翠

 あれはやっぱり『伴奴』・・・だったのかなぁ。学生の頃、歌舞伎座でまだ小さかった勘太郎さん(現勘九郎)が踊るのを観た。三階席からなので舞台はちょっと遠かったけど、小さい勘太郎さんはすでに一人前の役者の自覚を見せて、しっかりと自分の踊りを踊っていて、「この子は近い将来お父さんを超える役者になるのだろうなぁ」とごく自然に思わされた。当時のチケットや筋書は手元に残っていないし、あれが何の踊りだったのか思い出せなくなっていたのだけど、ページに添えられた「幼い日の勘太郎の『伴奴』」のイラストを見て、「あ! この感じは!」と記憶が蘇った。

 著者が見て、感じてきた歌舞伎とその周辺をめぐるコラム集。さらりと書かれたシンプルだけと達者なイラストが効果的に文章を彩り著者の感興を伝えてくれる。

 『歌舞伎的なもの』に『血が騒ぐ』著者の感覚には共感するところが多かった。特に、歌舞伎が味わせてくれる「ある一瞬」について。

 歌舞伎は最初から最後までず〜っと面白くわかりやすいもの・・・というわけではないと思う。ただ、歌舞伎を観ていると時々、その「一瞬」に薙ぎ払われることがあるのだ。それはもう『なにか凄いものを見た』としか言えない一瞬。理屈だとか、人間の理解の速度をはるかにこえた凄まじい情報量が身体を雷のように貫く。著者の言う通り『それは一瞬であっても、何ものにも替えがたい貴重な一瞬』で、その稀にやってくる「一瞬」に撃たれたいがために『おうおうにして退屈』な歌舞伎を観つづけずにはいられないのだ。

 それにしても著者が「歌舞伎的なもの」の化身のように思い、何度も語っておられる六代目歌右衛門さんの舞台を観ていない・・・というのは取り返しのつかないことだ。観ようと思いさえすれば多分不可能ではなかったのに。私のバカバカバカバカ。


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2014年07月05日

本当のことしかいってない : 長嶋有

『本当のことしかいってない』 長嶋有

 書評集・・・なんだけど、何か不思議。読んでいて一番印象に残るのが「長嶋有」なんである。

 長嶋有が気になる作家だからというのはもちろんあるんだけど、それだけじゃない。これまで好きな作家〜中島らもとか、久世光彦とか、三浦しをんとか〜が書いた書評集を何冊か読んでいるけど、それぞれの視点や読みをおもしろく味わった上で最終的に興味が向かうのは、らも氏や久世さんやしをんさんに沢山の言葉を語らしめた「作品」の方だったのだ、大体において。

 だけど、何でだろう? この書評集を読んでいると、取り上げられている作品よりも、色々な本を読んで色々なことを感じている「長嶋有」の方にばかり関心が向かってしまう。あとがきにも『まとめてみたら、通常の書評集とはありようが異なっていた。』『これはどこか小説のようだ。』とあった。

 取り上げられた作品についてとても繊細な読みがなされている。作品や作中人物が「している」ことでなく「していないこと」を読み、「ある」ことよりも「ない」ことに感じ入る。

 川上弘美の『光ってみえるもの、あれは』の各登場人物の間にあるのが「あなどり」であるという指摘にははっとした。私が単に「嫌な感じ」だと思っていたもの〜作中で発せられる言葉の中にあったものの正体は「あなどり」。そう、「あなどり」かぁ・・・。この「あなどり」に気づかなければ、この作品の空気となっている『あなどられる人の余裕』『あなどらせることの優しさ』にも思い至れないわけだなぁ。





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