「自殺されちゃった僕」
吉永嘉明
「あっちの世界に行ってしまった人」に興味が持てない。自分だけの世界に行ってしまった人に共感のしようがないし、彼らだって人の共感などにはあまり興味がないから行ってしまったのかもしれないし。一方「あちらの世界に行きたいのに、行くことができずにじたばたしている人」には気持ちを動かされることがある。
この本のことを書こうかよそうか少し迷ったが、本屋で手にとったのも何かの縁だと思うのでちょっとだけ触れることにした。
ねこぢる、青山正明氏、妻である巽早紀氏・・・友、兄のようにも思う先輩、最愛の人をたてつづけて自殺で失った吉永氏の手記。青山氏、巽氏、吉永氏はともに編集者・ライターであったそうだが、私は彼らの作品についてはいくつかタイトルのみ知っているという程度で触れたことがない。ねこぢるについても同様。いずれも私からは随分遠い人たちだった。
人とは違う感性を自負し、人との関わりに関してはある意味不器用で(うまい言葉がみつからない。人との関わりの中での自分より、自分だけが見ている自分に重きを置いた人とでも言うか)しかも自分の望むままに自ら命を絶ってしまった人たち(あくまでも本手記からの印象・青山氏の場合は多少事情が違うようだが)に私は何の共感も持ちようがない。ただ酷い苦しみを味わいながらこちら側に残る決意をした吉永氏には何かしら気持ちが動く(決して共感ではないのだが)。
2004年に発表された手記に大幅な加筆・訂正をして出版されたものらしいが、文章はところどころ壊れている。
著者の体験とはまったく次元の違う話だが・・・(ここからはまったく個人的な余談ですよ〜)
ごく最近、書くことによる癒しの効果を味わった。夫の入院中のこと・・・心に不安があるときは全てのことがストレスになる。友人・知人のお見舞いはとてもありがたかったが、ちょっと負担でもあった。
手術の日、くたくたになって夜遅く自宅に帰った時にかかってきたお見舞い電話には正直キレそうになった。絶対安静中の夫の部屋にやってきて「元気だしなさいよ」と言って行く親戚には無神経さを感じた。実の親の気遣いでさえ的外れで負担に感じた。
入院が予定より長引き、不安と疲れとちょっとした対人嫌悪でイライラしていたとき、友人が何とも絶妙なメールをくれた。別にことさら病状を心配するわけでもなく、ただ軽く疲れをねぎらってくれるメールだったがコリコリに凝っていた私の心の力をふっと抜いてくれた。そのメールに誘われるように、私も彼にだらだらとメールを書いた。別に夫の病気のことだけではなく日常のちょっとした出来事などをとりとめなく。
書いてるうちに悲観的だった気持ちがフラットになっていった。心に疲れがたまったころにまた彼からメールがきて、それに返事を書くことでなんとか平静をとりもどしていた。彼の話の引き出し方もうまかったのだと思う。
夫も退院し、用心しながらではあるけど平常の生活ができるようになった今、彼にお礼のメールを書かなきゃな〜と思っている
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posted by sweet_pea at 19:58|
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作者名 や・ら・わ行
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