郁治郎さんの『泣いて笑って感情をグチャグチャにして帰ってもらいたいです。』の言葉どおり、感情グチャグチャでなかなか劇場を出られない自分がいた。色んなナミダでびしょ濡れの心で、遠くほのかに灯る温かな光をのぞむ心持ちというか・・・
鶴屋南北『金幣猿島郡』の衣裳を着たヴィクトル・ユーゴー『ノートルダム・ド・パリ』の物語。
戦乱の巷に生きる人々の嘆き、哀しみ、怒り、生のエネルギー。嘉島典俊さん演じる劇作家・玄をはじめ、如・石橋正二さん、月・市川段之さん率いるキサラギ舞踊団の面々、松原海児さんや段一郎さん、郁治郎さん、立和名さん、京都芸術大学の学生さんたちも加わって演じる民衆たちが物語のベースを固めます。
街はたくさんの悲しみに満ちている。戦乱と権力者・帯刀(下村青)の専横に苦しむ民衆の悲しみ。恋人の姿を追って流れ流れていく踊り子・翡翠(松雪泰子)の悲しみ。邪恋に身を焼く帯刀の悲しみ。翡翠を悲しみから救えない陽光(大知)の悲しみ。人からはじかれた我が身を嘆く鐘撞き人・清日古の悲しみ。
感情グチャグチャの大元にいるのはやはり猿之助さん演じる清日古なのだけど、物語が進むにしたがって清日古の中から猿之助さんの姿が消えていくのに驚いた。(もうずいぶん前に博多座で観た『金幣猿島郡』の清姫が強烈に亀治郎さんだったのとは対照的かもしれない。)そこにあるのはただ、清日古であり清ヒメである一人の人間の悲しみ。
陽の光のあたらない清日古の内側に長い間静かに降り積もって溢れんばかりに湛えられた悲しみの水は、たまさかに注がれた、たった一滴の甘露の為に遂にこの世に溢れ出し、溢れたナミダは宝刀・村雨の威徳によって苦くて甘い雨となり悲しみの炎で焼かれた地上にあまねく降り注ぐ。
劇場を出てからも、このやわらかな雨を浴びながら、桜がほころぶ春の陽の下を歩くことになった。
ラベル:猿之助と愉快な仲間たち



